美吉野醸造の“地域密着型”酒造り
2025.05.27

MUJI STAY Journalは、無印良品の宿泊チームが施設を運営し、地域を定点観測するなかで出会った“暮らしと人”を紹介しています。本記事では、奈良県吉野町の宿泊施設「MUJI room SAKAMOTOYA」でもその商品を提供している美吉野醸造から、専務取締役であり杜氏の橋本晃明さんにお話を聞きました。
100年続く吉野の酒造り
吉野の3酒造が共同で立ち上げた清酒ブランド「吉野正宗」
奈良県は清酒発祥の地と言われ、古くから寺社を中心に酒造りが行われてきた土地。「MUJI room SAKAMOTOYA」がある吉野町も、“神様が与えた”と言われるほど豊かな自然に恵まれ、100年以上にわたり酒造りが行われています。町内には3つの酒造があり、吉野の遊休農地で育てた酒米を使って酒を造る3蔵共同の清酒ブランド「吉野正宗」が人気を集めるなど、地域色の濃い酒造りが行われています。宿泊のお客様にもその歴史文化を味わっていただこうと、MUJI room SAKAMOTOYAでは夕食の時間に吉野の地酒をご用意しています。
生粋の醸造家、橋本さんの転機
美吉野醸造の専務取締役 / 杜氏の橋本晃明さん
吉野3酒造のひとつ「美吉野醸造」は、吉野川のほとりにたたずむ創業100年超の老舗。
大きな柳の木がよく似合うその建物は、どこからどう見ても歴史あるたたずまい。しかし中では、そのイメージをよい意味で裏切る、自由で遊び心のある酒造りが行われています。
杜氏の橋本晃明さんは四代目。
酒蔵の家に生まれ、東京農業大学で発酵の基礎を学んで酒造りの道へ進んだ、という生粋の醸造家です。大学卒業後、他県の蔵での修行を経て自身の生家へ戻り、家業を継いだのだそう。ほどなくして、転機が訪れました。
「最初のうちは、酒造りに適した米を使い、酵母をコントロールして安定した味わいを作ることが大事だと思っていました。酒造りの教科書のような考え方ですね。でも、あるときから米作りをしている農業法人と一緒に仕事をするようになって。彼らから「持続可能な農業生産のあり方」を学び、その本質的な考え方に触れて目からうろこが落ちた。自分たちは醸造家として、その持続可能な生産基盤の上に加工があるという意味を作らねばならない。そう思って、地域の米、水、微生物のみを使用したよい意味での自然任せの酒造りへと切り替えていったんです。」
こうして、橋本さんの酒造りは大きく方向転換していきます。
地域とともに歩む、という決意
取材日に行われていた「出麹」の作業
まず、酒造りの肝であるお米を「地域の契約農家が作ったお米」に変更したといいます。お米を市場から仕入れてくるのではなく、奈良県内の契約栽培でできる酒米を使用し、継続的に生産者にもメリットのある取引関係を築くことで、地域に寄り添うというやり方です。
「契約農家に作ってもらったお米はすべて買い取ります。気象条件などによって米の出来栄えが変わるので、必然的に酒の味わいも変化し、毎年違う味に出会えるのが面白いところ。仕込みには吉野杉を使った木桶も使っています。今はメンテナンスが簡単なホーロータンクが主流ですが、木の温かさや穏やかな香りに助けられる部分もあるんですよ。」
吉野杉の保温効果を利用した木桶仕込み
さらにその数年後、橋本さんは美吉野醸造の酒造りを「全酵母無添加」へと切り替えます。現代の酒造りではその使用が前提となっている「分離酵母」を敢えて添加せず、蔵に棲みついた酵母だけを使って酒を醸す、まさに自然任せのスタイルです。
「分離酵母は安定した酒造りに役立ちますが、そのぶん厳格な温度管理が必要になり、人間が手をかけて環境を整えなければなりません。その点、蔵付き酵母は酒母工程を経て自然淘汰で環境適性の高い菌が生き残る。そういう生命力のある菌はどんな温度でもよく働き、寒い時期は寒いなりの、暑い時期は暑いなりの形で発酵して、吉野らしい季節の味わいへ導いてくれるんです。」
このナチュラルな手法で醸された酒が、まさにその名も“自然淘汰”。口に含むと、瞬間的に押し寄せる酸味と甘みに驚きます。一般的な日本酒とは明らかに違う、微発泡ワインのような、ヨーグルトのような風味。アテなど必要ないと思わせるほどにジューシー。そして、それほど強さとボリュームのある味わいなのに、二日酔いになりにくいという不思議。年によって、さらに季節によって少しずつ味わいが変わりますが、一般的な日本酒に慣れている人は多かれ少なかれ衝撃を受けるものと思われます。
※編集部独自の解釈と感想です
2024年の「自然淘汰 冬」
常識を手放し、自由になる
現代の酒造りとは1つも2つも違う道を選ぶことで、大変なことも多いのではないでしょうか?そう問うと、橋本さんは首を横に振り、むしろ自由になった、無理がなくなったと言います。
「地域米を使い、酵母無添加にしたことで、吉野に寄り添った自然任せの酒造りができるようになりました。温度管理しなければ、こういう味にしなければという思い込みから解放されて、一期一会の仕上がりを楽しめるようになったんです。こういった自由や遊び心の追求、地域に寄り添うという考え方は、酒造りに限らず日々の暮らしのなかでも大切にしていますね」
直売所には自由な発想で作られた商品が並び、試飲も可能
そんな橋本さんから、ひとつアドバイス。
「吉野の地酒は、例えば吉野の郷土料理の代表格、柿の葉寿司にもよく合います。機会があれば、ぜひ発酵・保存食同士のペアリングを体験してみてください。相乗効果で、吉野の自然や文化をよりよく味わっていただけますよ」
MUJI room SAKAMOTOYAではまさに、夕食の葛うどんセットに柿の葉寿司を2つ添えてお出ししています。参道でお買い上げされた柿の葉寿司をダイニングでお召し上がりいただくことも可能です。ぜひ、吉野の地酒とのペアリングをお試しください。
それでは、吉野山でお待ちしています。
美吉野醸造 専務取締役 / 杜氏
橋本 晃明 さん
- 東京農大醸造学科卒業後、灘の酒造会社で3年間酒造りに励む。2005年に生家である美吉野醸造杜氏就任。2018年に全量奈良県産契約栽培米の酒造りに変え、地域と一緒に取り組む酒造りを築く。
1912年創業の酒造
美吉野醸造
- 奈良県吉野郡吉野町六田1238番地1
アクセス:近鉄「六田」駅より徒歩15分
電話番号:0746-32-3639
営業時間:9:00~17:00- 公式サイト
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